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地域特性

大船地区の地域

図:大船地区の地域

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北鎌倉地域

特性

  • 古都鎌倉の風情と佇まいを持っており、北鎌倉から鎌倉八幡宮に向かう鎌倉街道(県道雪ノ下大船線)の両側を緑地が取り囲み、その緑を背景に寺院と戸建住宅が点在しています。東京方面から訪れる人々にとって古都鎌倉の玄関口と言える地域です。
  • 北鎌倉駅から大船方面に向かう鎌倉街道沿いには、古くからの商店街が点在しています。

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大船丘陵地域

特性

  • 岩瀬、今泉及び今泉台地区の丘陵地を中心に、昭和40年代に大規模な開発により宅地化が図られた地域と、それ以前からの平坦部に形成された市街地に大きくわけられます。
  • 丘陵地域の住宅街は、居住者の高齢化により高齢者のみ(夫婦、単身)の世帯や空き家の増加が懸念されます。

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大船市街地域

特性

  • 大船駅周辺では、通り沿いやルミネウイングなどにおいて商業集積が進み、日用品や食料品の買い物客で賑わいを見せています。また、大船市街地周辺に立地する県立大船高校に加えて、鎌倉女子大学や大手予備校があり学生の街として変わりつつあります。
  • 東部には三菱電機などの企業、更に鎌倉芸術館などの文化・教育施設があり、南部には中小工場が点在など多様な状況です。

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大船のくらしの年表

 私達は歴史・文化の多い鎌倉・大船地区で暮らしている。この地域にはどのような出来事があって、どのような記憶があるのか、これからどのようになって行くのか関心も高い。そんな時に目を通したいのが地域の記憶とか歴史が大切だ。長く住んでいる方から、最近、越してきた方までが自由に閲覧できる「地域の記憶・歴史の年表」が望まれている。
 住民の関心が高いJR駅の歴史、教育機関、市の施設など暮らしに関わる出来事も加えて、歴史を年表にする。こうして地域の暮らしの記憶・歴史を素材として住民が共有できると地域の特性が深く理解でき、地域の過去に敬意を払ってイベント、ボランティアにも参加することになり、地域の暮らしの大切な情報となる。
 今回は鎌倉市の行政地区で言う大船支所の地区に限定した暮らしの歴史を選んで掲載した。また、この地区に住んで通勤する近隣地区の施設などにも配慮して掲載した。

編纂  大船地域づくり会議 山田海人

2015年11月大船地区社会福祉協議会の60周年記念大会(芸術館於)
2015年10月第24回大船福祉まつりを大船行政センターで開催
2015年4月新しいゴミ焼却炉を山崎下水道処理施設の隣接地と発表
2015年3月今泉クリーンステーション焼却炉が40年を経て焼却停止
2015年大船消防署に由比ヶ浜から本部機能が移転(津波対応)
2015年3月資生堂大船工場 閉鎖となる。
2014年JR大船駅の1日乗降客は9万6千人に。(県下6番目)
2013年11月レイ・ウエル鎌倉 急きょ閉鎖(耐震問題)
2013年4月「武家の古都・鎌倉」の世界遺産登録の推薦を断念
2013年1月テレビドラマ「ビブリア古書堂の事件手帳」主演剛力彩芽が人気に
2011年武田薬品 湘南研究所を開設 多くの科学者が勤務。
2011年イベント「大船と大船渡」が開催
2010年9月湘南鎌倉総合病院が岡本に移転増設された。
2009年10月旧大船支所(玉縄)が解体される。
2009年3月鎌倉三越(大船)が惜しまれつつ閉店。
2006年武田薬品 湘南工場 閉鎖 43年間の稼動を閉じる
2006年2月大船駅 北改札口 開設
2004年大船まつりが開催される。
2001年3月天皇皇后両陛下、ノルエー国王が円覚寺を幸行啓
2000年6月松竹大船撮影所が64年の活動を終えて閉鎖。
2000年JR大船駅の乗降客は1日8万4千人に。
1998年「鎌倉シネマワールド」閉鎖
1996年大船地区の人口は、約4万人、1万6千世帯に
1995年松竹大船撮影所の一部に「鎌倉シネマワールド」
1993年10月鎌倉芸術館が開館 市民の誇りとなる。
1992年9月大船駅 駅ビル「ルミネウイング」完成
 撮影所の跡地に鎌倉女子大大船キャンパス開校
1989年鎌倉女子大学に改称(京浜女子大)
1988年11月湘南鎌倉病院が山崎に開所された。
1988年シンクタンクの野村総研は24年を経て鎌倉を出る。
1987年玉縄行政センター完成により玉縄地区が大船から外れる
1988年小坂小学校新校舎落成
1983年4月県立大船高校が開校
1982年10月大船行政センター (旧大船郵便局)が開館
1982年6月散在ガ池森林公園が開園した。
1981年11月大船観音寺が認証される。
1981年大船三越エレガンスと名称変更
1981年岩瀬中学校 開校
1979年8月大船郵便局新庁舎開設
1978年3月大船警察署の新庁舎が落成
1976年岩瀬にいわせ下関青少年広場を整備
1974年5月レイ・ウェル鎌倉 開館
1974年三越ファニチュアーセンターが大船に開店
1973年根岸線大船駅が開設された。
1973年三菱電機照明株式会社の設立
1972年今泉小学校 開校
1971年4月大船駅橋上駅舎 完成
1970年山崎小学校 開校
1970年湘南モノレール江の島線 開通
1970年ごろ明月院は花の寺「あじさい寺」として有名になる。
1969年八雲神社に「晴明石」平らな石が安置された。
浄智寺あたりの安倍晴明の領地跡にも晴明の名入りの石がある。
1968年鎌倉カントリーゴルフ場がオープン
1967年神奈川県立フラワーセンター大船植物園が開設
1966年梶原にシンクタンクの野村総研ができる。 多くの研究者が勤務
1966年5月ドリーム交通モノレール大船線開通 翌年9月閉鎖
1965年大船郵便局 開館
1964年宅地開発で八幡宮裏の御谷騒動が起き、古都保存法ができる。
1964年栄光学園が横須賀から玉縄に移転
1963年清泉女学院が横須賀から玉縄に移転
1963年武田薬品湘南工場 開設
1962年鎌倉カーニバル 終える
1961年ナスステンレス 大船工場建設
1960年4月大船観音が修仏され完成した。
1960年代東京・横浜のベッドタウンとして住宅地が整備
今泉台など丘陵地の大規模宅地開発が行われた。
1959年資生堂鎌倉(大船)工場 開設
1954年10月大船中学校 開校
1952年8月大船中央病院 開設
1951年大船小学校 開校
1950年ごろ日本画家 前田青邨は北鎌倉で創作 1977年没
1950年京浜女子短期大学 設立
1949年日本画家 伊東深水は北鎌倉で創作 1972年没
1948年6月大船町と深沢村が鎌倉市に編入(鎌倉郡消滅)
1948年3月大船町警察署が開設された。
1947年8月3日戦後初の鎌倉カーニバル
1947年鎌倉学園が中高一貫として学制改革
1945年進駐軍によって市内の道路補修工事が行われた。
1943年小坂国民学校高等科生徒は、軍需工場で勤労奉仕の就く。
1943年横須賀海軍工廠深沢分工場が設置され、魚雷、機雷など製作。
大船中学の地に海軍会計部倉庫を設置
1941年東慶寺の中に仏教研究の松ヶ岡文庫を鈴木大拙が創設する。
1941年太平洋戦争により北鎌倉地区は東京湾要塞地区になり写真撮影禁止区域となる。
1940年北鎌倉女学園 設立
1938年7月24日戦前最後の鎌倉カーニバル
1938年鎌倉・大船間に乗合自動車が運行される。
1936年以降大船音頭が松竹関係者により制作される
1936年女流画家 小倉遊亀 北鎌倉で創作 2000年没
1936年鎌倉ペンクラブ 発足
1936年1月大船松竹撮影所 開設 サクラ1200本植栽される。
松竹映画が発信され、大船の名が全国に知れわたる。
1935年から「鎌倉文士村」と呼ばれる
1934年松竹大船分譲地(用地6万坪)の売り出し
1934年7月15日第1回 鎌倉カーニバル開催 久米正雄
1934年競馬場の撤去 戸塚(日立製作所)へ移設
1933年2月小坂村は町制により大船町へ改称した
1933年4月小坂村に玉縄村が編入して大船村となる
1933年競馬場開催(最後) 12月 競馬場戸塚へ移転
1931年鎌倉の御用邸(現御成小学校)が廃止される。
1930年ごろ競馬場へ飛行機不時着 追浜航空隊から燃料
1930年10月北鎌倉駅が開設 海軍軍人などが住む
1928年5月13日畜産組合主催 競馬開催
1927年11月11日
 ~4日
畜産組合主催 競馬開催
1927年10月14日畜産組合主催 競馬開催
1927年5月10日岩瀬に米国から日本初のアメリカザリガニが持ち込まれる
1927年北大路魯山人は大船・山崎に星岡窯開設
以降30年美食家、陶芸家として活躍した。59年
1927年江ノ電がバス事業を開始した。
1927年5月北鎌倉仮停車場として開業 5~10月のみ
1926年11月15日大船駅 東口開設
これまで西口より柏尾川と合流する砂押川河口道路の土手を通り、
大東橋の下に出て東側へ出ていた。
1926年10月30日
 ~11月1日
畜産組合主催 競馬開催
1926年3月22日
 ~24日
畜産組合主催 競馬開催
1925年10月12日
 ~15日
畜産組合主催 競馬開催(震災復興、小田原など巡回)
1925年競馬場の建設 大船田園都市の売り出し
1923年9月1日関東大震災発生 大船駅舎全壊 小坂小学校崩壊
小坂村全635戸の94%が全壊、死者18名、負傷者23名
1922年9月横須賀線電化工事開始
1922年3月大船駅東側で腰山を崩して埋立工事開始
1921年11月鎌倉学園前身 鎌倉中学が開校
1921年大船田園都市株式会社が設立(渡辺六郎)
1920年6月東京渡辺銀行 大船・岩瀬・小坂の土地回収開始
明治~大正円覚寺などに文豪が滞在した。
泉鏡花、島崎藤村、夏目漱石、樋口一葉、芥川龍之介など
1917年5月大船駅 駅舎改装
 鎌倉郡の郡役所は戸塚にあった。当時は戸塚から村岡や片瀬も入っていた。
1916年横須賀線大船・鎌倉間が複線になる。
1913年大船軒は駅弁「鯵の押寿し」を販売する
1904年山ノ内郵便受取所が開設された。(後の小坂郵便局)
1904年3月大船郵便局が開設
1900年ドイツ人医師ベルツ博士は鎌倉を「保養の地」と宣言
1900年鎌倉ハム富岡商会を設立
1900年円覚寺の舎利殿が国宝になる。
1900年軍の要塞地帯法が公布され鎌倉は軍都横須賀の傘下になる。
1899年日本初の駅弁サンドイッチを大船軒が販売
1899年鎌倉に皇女の保養のため御用邸が設置される
1898年大船軒が創業
1894年横須賀線 大船・横須賀間 1日10往復
1890年小坂小学校 開校(山ノ内小、岩瀬小が合併)
1890年横浜区裁判所小袋谷出張所(登記所)が開設された。
1889年建長寺に半僧坊が建立される。
1888年6月横須賀線 大船から横須賀 開通 蒸気機関車がけん引。
大船・横須賀間 1日 4往復 片道45分
1888年町村制の施行で、小袋谷などが合併して小坂村に
小坂村は大船村、小袋谷村、台村、今泉村、岩瀬村、山ノ内村で構成
1888年11月1日東海道線 大船停車場開設
1885年巨福呂坂が竣工した。
1878年鎌倉郡の郡役所は戸塚・吉田町にあった。
1875年円覚寺臥龍庵に山内学校が設立された。
1873年成福寺共立学校(後に小袋谷学校)ができる。
1873年4月15日明治天皇の大船行啓 陸軍歩兵の演習視察
1873年2月14日陸軍教導団歩兵による演習訓練が開始される
1868年明治元年 神奈川県鎌倉郡となる
鎌倉郡は今の鎌倉市全域、戸塚区、泉区、栄区、片瀬、江の島、逗子市が含まれていた。
1864年灌漑用ため池として散在ガ池が築造された。
1707年12月16日富士山最後の噴火 宝永大噴火 火山灰が15cm積る
1650年ごろ江戸幕府相模の村明細帳に「大舟(船)」記載
1512年北条早雲は鎌倉の入口に玉縄城を築城する。
1455年足利成氏(しげうじ) 鎌倉攻めに離れ山の陣を構える
1333年北条 高時が新田軍に敗れる 北条氏の滅亡
1323年六国見山と呼ばれるようになる。
1293年大震災により建長寺など崩壊した。
1285年東慶寺 覚山尼が開山した。
1283年浄智寺 北条時宗の創建
1282年円覚寺 北条時宗が「無学祖元」を開山に迎た。
1253年建長寺 北条時頼が「蘭渓道隆」を開山に迎た。
1253年常楽寺(粟船御堂)が建てられる。粟船⇒大船
1200年ごろ海面が高い時期の大船入江(柏尾川)に粟を搭載した粟船(あわふね⇒おおふな 大船)が着いた。
1180年源 頼朝が鎌倉に入る
1063年平安時代 源 頼義が相模守となり鶴岡八幡宮若宮を造営
785年相模国封戸祖交易帳に相模国 尺度郷(さかどごう)大船であった。
 奈良・平安時代 相模国 鎌倉郡(ごおり)と呼ばれる。

参考
 郷土資料 、 鎌倉市史 近世資料編 、 大船の歴史 石山昌司著
 山ノ内の思い出 玉縄歴史の会 椎野忠雄 、 大船町近代化の始まり チームサムライ 佐藤邦男
 鎌倉の歴史 武家の古都 、 大船駅周辺のざっくりな歴史

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