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百年駅弁。大船軒〈後編〉

そこは、工場ではなく「調理室」だった

~前編からのつづき~

 鎌倉のソウルフードとさえ呼ぶ人がいる〈鯵の押寿し〉。知名度が高いのに、その製造工程やこだわりについてあまり知られていないのでは、という好奇心から、9月初旬にお忙しいところ申し訳ないと思いつつ押しかけ拝見させていただきました。

 今回、〈鯵の押寿し〉を作る工程を見学させていただいたのは三名。まずはよくテレビで見かける食品工場に入る時に着る洗い立ての白衣と、毛髪の落下を防ぐキャップ、そしてマスクを着用し、さらに粘着テープでの埃の除去、アルコールでの手洗い消毒、最後はエア・シャワーで全身のクリーニングを行い、ようやく調理室へ入ることが出来ました。見学する前は、機械化され流れ作業で次々とパッケージされたお弁当が完成してくるであろうという推測は見事に裏切られ、そこは調理室という名にふさわしくほとんどを手作業で行われていました。

 最初に見せていただいたのは、伝統である赤酢の合わせ酢を使ったシャリを一定の大きさに程よい硬さで機械がにぎり、その上にネタの鯵をのせカタチを整え(この時はレギュラーと呼んでいる酢で〆た中鯵を切り身にしたタイプ)、次の職人さんが折に詰め、仕上げは見るからに使い込まれたような鉄製の押し板で全体を軽く押さえ、次の部屋へと運ばれていきます。きっと、最後の折全体を押さえるチカラ加減が、見た目も当然ですが、お客様が口に運んだときの第一印象を決める大事なポイントではないのか、と勝手に想像したしだいです。



:折箱に八貫の寿しが並べられ、その上から専用の押し板をあてていきます。チカラ加減が絶妙です。



:最後に透明なシートをのせ〈押寿し〉の出来上がりです。


:手前の調理器具によって一定の大きさとちょうど食べやすい硬さのシャリが次々とつくられます。その上にネタを一枚一枚のせ、形を整えていきます。黄色い腕章は、この日の衛生管理担当者です。

 次に拝見させていただいたのは、作る工程としては前後しますが鯵を寿司ネタに調理する部屋です。この時は〈伝承 鯵の押寿し〉のネタ、つまり誕生時から100年以上続いている選りすぐりの小鯵を酢で〆、その半身を一枚一枚包丁で調理するという、伝統の魂をも感じる技を見せていただきました。この時は、四人の職人さんが黙々と包丁をいれ、きれいに並べていきます。発売以来、鯵の皮を残すのは身との間にこそ旨味成分がたっぷり詰まっているからなのだそうです。ありふれた表現ですが、調理室全体に静寂と張り詰めた空気が漂っています。よく見ると、座って作業をしている人、立っている人、足を揃えている人、前後に開いている人、職人さんによって繊細な作業の連続ゆえに自分なりの姿勢や調理のリズムが重要であることがよく伝わってきました。同じように、薄く小さめのまな板(?)やナイフのような細身の包丁にもその人なりのクセがついており、他の人のものはとても使えないというこちらならではのお話も伺うことができました。





まさに職人さんならではの手仕事です。緊張感と流れるような包丁さばきに見入ってしまいました。


 ここで、私たち消費者として気になるのが食材の産地です。鯵は、前述しましたようにかつては相模湾を中心とした地元産でしたが、現在は九州地方の数社の水産会社と契約し、常に良質の鯵の安定供給ができる体制を整えているとのことです。一次加工も新鮮なうちに指定したレシピによってなされたものを、最終的な味の調整はすべて大船の調理室で行っているとのことです。やはり季節によって脂の乗り具合なども異なり、長年の経験によって培われたデータや勘が重要のようです。同じようにシャリは「コシヒカリを使用しており、はやり秋の新米の時期と7~8月では、洗米や浸す時間、炊き加減、合わせ酢の調合など様々な苦心をなされているという話をお伺いしました。そうした、当たり前のことを当たり前にやり続けてこそ、長い間多くのお客様に愛されてきた駅弁が、きょうも各地で口福(もちろん幸福も)をもたらしてくれています。

ガラスで仕切られた奥の調理室から、ベルトコンベアーで次々と数種類の〈押寿し〉が運ばれてきます。掛け紙やお箸などをセットし、丁寧にラッピングされ完成です。

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湘南 鎌倉 大船軒

 社名は、株式会社 大船軒。現在は、JR東日本系列の(株)日本レストランエンタプライズ(以下NRE)のグループ会社で、駅弁の販売店舗も大船駅や鎌倉駅を中心に西は熱海駅までの主なJR駅、都内はNRE直営の「駅弁屋」(東京・上野・新宿・品川の各駅構内)、私鉄では小田急線の新宿や小田原駅、その他にも「空弁」として羽田空港の旅客ターミナルや東名高速道路の海老名サービスエリアと、私たちが思っていた以上の幅広い販売網を展開しているとのことです。そして、何よりも驚いたのは作っている駅弁の種類の多さです。実は「大船軒といえば〈鯵の押寿し〉と〈サンドウィッチ〉」と勝手に思っていたのですが、神奈川県産のブランド牛を使った〈神奈川牛肉弁当〉や腰越産のしらすを使った〈湘南しらす弁当〉など、季節によって多少は異なるとのことですが、約20種類の駅弁の製造・販売を行っています。東京駅構内にある「駅弁屋・祭(まつり)」と「駅弁屋・踊(おどり)」では全国の有名駅弁や季節の新作など約170品目が販売されている中で大船軒の駅弁は常時14~15品目を販売。売り上げも常に上位にランクされており、とりわけ〈鯵の押寿し〉は、購入者が新幹線車内で食べるほかにふる里の家族や知人へのお土産として複数買われる方も多いのだそうです。まさに“鎌倉の味・懐かしい味”そして“思い出の駅弁”として全国で愛されていることがよくわかりました。ちなみに、大船軒では鯵をはじめ、穴子、鱒、鯖、小鯛を使った押寿しの駅弁がラインアップしており、これらの押寿しだけで一日平均で約2,000本が作られているとのことです。

 大船軒は、これまでレポートしてきましたように、創業以来、時代の先を読む先見性とアイデアと、それを商品化する技術力が今も継続されている企業といえます。名物駅弁としてゆるぎないポジションを保っている〈鯵の押寿し〉といえ、これまで支えてくれたお客様も高齢化し、発売以来あえて残している鯵の薄い皮が噛みきれないという声もあり、一例として皮をはぎ取り近ごろ人気の“炙り”をしてみるといったチャレンジもはじまっているという話もお聞きしました。またここ数年、鎌倉女子大とのコラボレーションで鎌倉野菜などの地元食材を使って若い人たちにも支持される新しい弁当を開発するなど、長年の伝統を守っていくことと、新たにチャレンジしていくことの両輪が上手くかみ合っているように感じました。創業の地である大船の地名を暖簾(ブランド)にした「大船軒」。「進取の気性」の心意気を持って、これからもたくさんの人に愛され、地元の我々もますます自慢できるよう今後の活躍に期待したいものです。

今回、大船軒のご担当者の方には取材および資料の提供にご協力いただき誠にありがとうございました。

写真  関戸 勇
記事  村川邦衛
デザイン  小野勝彦

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