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粟船山 常樂襌寺 文殊祭

大船の中央に位置する常楽寺


常楽寺の参道入り口

 大船地域の中央に位置する「粟船山常樂襌寺(ぞくせんざんじょうらくぜんじ)」は、臨済宗建長寺派の寺院で、一般には「常楽寺(じょうらくじ)」と呼ばれています。

 常楽寺は、鎌倉の北西を守護する位置にあって、鎌倉幕府第三代の執権・北条泰時公と建長寺開山・大覚禅師(蘭渓道隆)ゆかりの古刹です。寺の山号を「粟船山(ぞくせんざん/あわふねやま)」といい、常楽寺の名を改める前は「粟船御堂(あわふねみどう)」とよばれていました。
 現在の「大船」の地名は、この「粟船(あわふね)」にちなむとされています。


常楽寺の山門


仏殿前の銀杏樹

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1月25日の文殊祭

 2019年1月25日に、その常楽寺にて「文殊祭」が執り行われました。
 文殊祭は、文殊菩薩を供養するお祭り。毎年1月25日に執り行われます。また、文殊祭では「木造文殊菩薩座像」が公開されます。

 「木造文殊菩薩座像」は、神奈川県指定文化財で、文殊堂(秋虹殿)の本尊(鎌倉時代の作)となっており、毎年1月25日の文殊祭以外では開扉されない秘仏です。また、銅造梵鐘は建長寺鐘、円覚寺鐘とともに鎌倉の三名鐘のひとつとされており、現在は鎌倉国宝館にて展示されています。

 文殊菩薩は、智慧をつかさどる菩薩として、般若経典を重視されます。また、形像は智慧の威徳を示す獅子の上にのっています。


文殊堂の木造文殊菩薩座像前での読経


僧侶による読経(般若経典)


仏殿(右)と文殊堂(左)


年に一度の文殊祭に集まる人々

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北条泰時公墓


北条泰時公墓

 北条泰時公墓は仏殿の背後にあります。

 北条泰時公は鎌倉幕府第三代の名執権です。よく学問に励み和漢故事に詳しく、建保元年(西暦1213年)、実朝の学問所番筆頭となりました。承久の変では幕府の大将として出陣して圧勝し、乱の平定後は京都にとどまっていましたが、元仁元年(西暦1224年)、父・義時が没したため、鎌倉へもどり執権となって合議制による政治を行いました。貞永元年(西暦1232年)には由比ヶ浜に和賀江島を築き、さらに「御成敗式目」を制定し、武家法の規範を示しました。

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松並木復活プロジェクト始動!


ここに松並木が復活!

 現在、常楽寺の市道側に参道であることを象徴するような松の木が植えられています。以前は、このような松の木が参道の両側に並び、立派な松並木になっていたとのこと。

 まだ詳細は決まっていませんが、常楽寺の参道に松並木を復活させるプロジェクトが開始されようとしています。歴史的にも鎌倉を象徴する重要な寺院ですので、ぜひともプロジェクトが成功するよう応援したいと思います。

記事・写真梅澤徳夫
デザイン・記事小野勝彦

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